●仕事に没頭するうち浦島太郎状態に
私の父は農家の次男坊として生まれて、
身一つで本家を出て小さな会社に勤め、一生財産とは無縁でした。
私は、そんな借家住まいのサラリーマン家庭に生まれました。
10歳の時、理科の先生との出会いでラジオ製作に目覚め、
以来、大学では電磁気学や無線工学を専攻し、
奨学金で大学院へ進学しました。
理工学研究科の修士課程でも好きな研究を続けて、
専門を生かせる大手電機メーカーへ1983年に就職した、
根っからの理工系エンジニアです。
就職してからずっと自分の年収すら知らず、
専門の研究開発の仕事が面白くて、
徹夜も苦にせずに没頭する毎日。
絵に描いたような、経済音痴の専門バカ・オタク人間でした。
独身時代は、家賃1500円の6畳一間2人同室の寮暮らしで、
徹夜続きの毎日でした。
遊びに行く暇もなく、
入社時に始めた給料天引きの社内貯金(当時は金利6%固定でした)と
財形貯蓄(一般、住宅、年金の3種すべてに加入)、
そして持株会等が、知らぬ間にたまっていきました。
結果として、後にこれが重要な投資の種となったわけです。
でも、当時は土日、盆暮れ正月も仕事続きで、
単に使う暇がなかっただけのこと。
まして、投資など思いつく知恵も時間も全くありません。
ふと気づくと三十路となり、
年齢制限のために独身寮を追い出されることになりました。
入社時、一戸建ては1000万~2000万円だったので、
コツコツ貯まった貯金なら1軒くらいは買えるだろうと思って調べてみると、
時は1989年、まさにバブルのピーク期です。
いくら回りを見渡したところで6000万円出しても一戸建てなど買えません。
不動産の相場なんて、めったに見るものではありませんでしたので、
たった6年間で何倍にも値上がりしているという事実に直面し、
まるで浦島太郎の気分でした。
これからさらに貯金を続けたとしても脱兎を亀が追う如しで、
とうてい追いつくことはできません。
「もっと早くに借金して買っておくんだった!」と、
嘆きながら仕方なくローンを組み、
800万円で東京郊外の2DKの小さな中古マンションを購入しました。
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